飛び越え石と神代の渡し場
「馬なずむ」の歌碑がある隅田駅は、駅舎からホームまで全体にかわいい絵が描かれています。2011年、地元の隅田中学校美術部の部員と卒業生たちが、8ヶ月かけて完成させた労作です。もともと落書き防止のためのアイデアだったようですが、8年経っても鮮やかで、隅田八幡宮のお祭りなど、地元色豊かな絵が楽しませてくれます。駅舎正面には、「飛び越え石」を文字通り飛び越える女の子が描かれています。
駅から急坂に息を切らしながら歩くと、15分ほどでトイレや説明板が整備された休憩所に着きます。ちょうどコスモスが咲き乱れていて、飛び越え石の顔出し看板も。これも隅田中学校美術部の作品のようです。
飛び越え石への降り口には説明板があり、犬養孝さんの「万葉の旅」から、「古き小道を下ると土地の古老らが『神代の渡し場』と称している落合川(真土川)の渡し場に出る」という文章が引かれ、「わが馬なずむ 家恋ふらしも」の歌が紹介されています。道は石段になっていますが、急な下りで、馬が難儀するのももっともな感じです。
飛び石が見えてきたあたりに、歌碑が建っています。
いで吾が駒 早く行きこそ 真土山 待つらむ妹を 行きて早見む 作者不詳
私の馬よ、早く行ってくれよ!真土山の向こうで待っているあの娘に、早く会いたいんだから。直接的で分かりやすい歌で、古代から変わらない急かされるような恋心が伝わります。「わが馬なずむ」と連作のようにも思えますが、万葉集では巻7と巻12に離れて載せられています。
この歌碑は四角柱の3面に歌が彫られていて、万葉歌のほかに、定家の「誰にかも宿りをとはむ待乳山 夕越行けば逢う人も無し」、伊勢「いつしかと待乳の山の桜花まちてもよそに聞くが悲しさ」も彫られています。真土山が歌枕として、平安や後世の歌人たちに親しまれたことを思わせます。「まつち」が「待つ」に通じ、レトリックから好まれた面がある一方で、実際に足を運んだ人もいたことでしょう。
落合川のせせらぎを塞きとめるように、飛び越え石が鎮座しています。明日香の石橋のはかない飛び石とは違って、「神代の渡し場」らしい安定感があります。金剛山地に源を発し、このすぐ先で紀ノ川に合流する落合川。涼やかな瀬音が街の雑音を消してくれて、万葉の真土に思いを馳せるのにぴったりの場所です。
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