明日香川 明日も渡らむ

万葉集には、飛鳥川(明日香川、あすか川)が出てくる歌が少なくとも18首あります。7世紀を通じて王宮があり、乙巳の変や壬申の乱など激しい権力争いの舞台ともなった飛鳥。吉野と大和国中を隔てる高取連山に源を発し、栢森、稲渕といった集落を経て、飛鳥古京を東西に横切る飛鳥川は、大宮人たちが恋を託す舞台でもあったようです。

明日香川 明日も渡らむ 石橋の 遠き心は 思ほえぬかも   作者不詳

明日も明日香川を渡ってあなたに会いに行きましょう。飛び石で作った石橋のように、遠く離れたよそよそしい心で、あなたを想ってはいませんよ。
稲渕にあるこの歌碑のすぐ近くには、飛び石の橋があります。川幅のあまり広くない明日香川ですから、雨で増水したら渡れなくても、ふだんは気軽に石を飛んで渡って行けたのでしょう。

稲渕から祝戸にかけて、棚田が広がる中を流れ下った明日香川は、やがて石舞台のあたりで用水路のようになります。草に覆われて川面も見えないほどですが、川沿いの道に犬養孝さん揮毫の歌碑が建っています。

明日香川 瀬々の玉藻の うちなびき 情は妹に 寄りにけるかも    作者不詳

明日香川の早瀬に、玉のような藻がなびいているように、私のこころはあなたに寄ってしまったよ。
明日香川を詠んだ万葉歌には、しばしば藻がなびく情景がうたわれています。快速に流れ下る小川だからこそ、水もきれいで、緑の藻がぷかぷかとくっついたり、離れたりするのでしょう。この歌碑のあたりはともかく、稲渕あたりまで遡れば、いまの明日香川でも出会うことができます。
やがて明日香川は川原寺跡と板蓋宮跡の間を突っ切り、飛鳥池苑池遺跡の横を通って、甘樫丘のふもとにたどり着きます。コンクリート護岸で固められていないのが幸いで、ところどころに柵(しがらみ)が設けられ、流速が変わって白い飛沫を立てたりしています。

明日香川 しがらみ渡し 塞(せ)かませば 流るる水も のどにかあらまし    柿本人麻呂

明日香川にしがらみを渡したら、流れる水もゆったりとなるだろうに。人麻呂が明日香皇女に捧げた挽歌の反歌です。明日香皇女の早すぎた人生を惜しみ、その魂を少しでもとどめていたい、そんな気持ちを感じます。
明日香川はこの後、のどかな流れとなって甘樫丘を巻き、畝傍山の方へ流れていきます。そして大和国中を北へ突っ切り、水の神・広瀬大社のあたりで佐保川と合流し、大和川になります。

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