万葉ツーリズム〜越前市を訪ねて

越前市といっても、どこにあるかピンとこない人も多いでしょう。福井に縁のある人なら、武生市というほうが分かるかもしれません。敦賀からトンネルを抜けて、嶺北地方の真ん中らへんに位置するまちで、2005年に武生市と今立町が合併してこの地名になりました。
今回この街を訪ねたのは、新元号令和にもあやかった「万葉ツーリズム」の可能性を探索していたのがきっかけです。大伴家持が国司として赴任した越中、いまの富山県には、高岡市を中心に家持が残した万葉歌が200首余も残っています。都との往還にあたる越前、いまの福井県にも、63首もの歌を生んだ「万葉故地」があります。それが越前市、味真野です。

味真野は、奈良時代の役人だった中臣宅守(なかとみのやかもり)が流罪になった地です。罪がなんだったのかは分かりませんが、奈良に残した狭野弟上娘子(さののおとがみのおとめ)と交わした恋の歌が、万葉集に収められているのです。

君が行く 道のながてを 繰り畳み 焼き亡ぼさむ 天の火もがも

これは流されていく恋人に、狭野弟上娘子がおくつた歌です。奈良と越前、今なら車で3時間ほどでしたが、当時は数日がかりの旅。しかも、罪に問われている男を、追っていくこともできない。切なさと悔しさがスパークするような熱い言葉が、まさに畳み掛けるように投げられています。
味真野には、市が整備した味真野苑という公園があり、二人の歌を紹介する万葉館や、万葉にちなんだ植物を植えた庭園、万葉学者の故犬養孝さんの揮毫による「君が行く‥」の歌碑もあります。7月に訪ねた時は、きれいなハスの花が盛りでした。
万葉館には令和のもとになった大伴旅人の序文の書が飾られ、「新元号 令和」の大見出しが踊る新聞各社の号外なども並んでいました。バスツアーのお年寄りの一行も来ていて、令和効果がそれなりに上がっているようです。

ただ、新元号にあやかった万葉熱は、一年も経てば冷めてしまうことでしょう。突然広がった万葉集への関心を、どう持続させ、まちおこしや地域活性化につなげていくか。万葉集には、東北から九州まで千を超える地名が登場し、そのうちのいくつかは歌枕となって、古代から今に至るまで多くの文人や愛好家が足跡を残してきました。万葉故地を訪ね、そこで詠まれた万葉歌を通して、万葉びとが見た山川、愛でた草花、抱いた恋心に想いを馳せ、1300年を経ても色あせない言葉の響きを味わう。そんな「万葉ツーリズム」の可能性を、各地を旅しながら考えていきたいと思います。

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